都内の幹線道路のど真ん中、背後には荷物を積んだ車に両親。
会社では来月号の社内報に私達の結婚報告が掲載予定であり、既に披露宴の招待状も発送されてしまっている。
この場で私が逃走したらいったいどんなことになるのかと様々な事を考えていました。
・・・・ブゥーーン!
勇気が足りず、またしても私の反乱は失敗に終わりました。
もう私は結婚するしかないのだと諦めの一言しかなく、横目で故郷へ繋がる道の先を見送りなが新居へと向かいました。
新居は夫の実家から一駅離れたところにある1LDKのマンションでした。
当時の家賃は確か12万程でしたが、社宅として申請したので1割負担で済みました。
最初のトラブルはまさに引っ越し早々に起きました。
新居には既に家具や家電品は運びこまれており、荷物を収納するだけの状態でした。
私の荷物が運び込まれる前、既に夫の荷物が実家から持ち込まれていました。
その荷物の中には何故かセーターばかり数十枚程あり、この先着ないであろう時代遅れのスーツや冬物のスーツを全て実家から運んで来たのです。
おかげで用意した婚礼ダンスの中に私の服は入らず、運び込んだ服の殆どを処分せざるを得ない状況になったのです。
これはあり得ないだろうと思った私は「私も一応働いていて服は必要だから、私の収納スペースも空けてくれる?」と初めて夫に対して文句を言いました。
すると信じられない言葉が返ってきたのです。
「失敗したな・・・」
それは自分の荷物を運びすぎての失敗では無く、明らかに私を妻として選んだことに対しての失敗という言い方でした。
じゃあ結婚やめる?と、ここまで出かかったのですが、お互いにもう後戻りは出来ないことを認識していたのか、それ以上の言葉は有りませんでした。
こうして私達の同居生活は始ったのです。
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