こうべが垂れない稲穂

新天地となった街は都庁から遥か彼方に霞んで見えるところにありました。
この地域は20年以上も前に当時の社会現象となったトレンディードラマの舞台となり、今でも時折ドラマの撮影現場として登場してる街です。
郊外にある閑静な住宅街として高所得者が多く住む中で、下町から来た我が家だけが浮いているような、そんな違和感を感じずにはいられませんでした。
夫にしてみたら、若干37歳で一金融会社の支店長としてそのような街の住人の仲間入りをした事や、(今となっては当たり前となりましたが)当時、業界初の取引を行う店舗の支店長として、新聞や雑誌の取材に応じるようになったことで、自分が天下を取ったと思い込んだのでしょう、とんだ勘違い男に豹変してしまったのです。
例えば、自宅の電話に掛けてきたマンションのセールスマンに対して「そんなトークじゃだめなんだよ、セールスって言うのはなぁ・・・・」と説教を始めたのです。
後日、脈があると思ったのか、その上司から「ご主様がご購入を検討されているようで・・」との電話が入り、それに対して「申し訳ありません・・」と私が丁重にお断りするといったことが何度もありました。
また、家族で出かけた際、高速道路の料金所では収受員に対して「おいー、もたもたしてんじゃないよ!見ろよ、こんなに渋滞してんだろ!」と文句を言ってみたり、家族での外食の際には気に入らないことがあるとすぐに「店長を呼んできて!」と突っかかる始末。
さらにふた言目には「俺は支店長だから」と、真夏でもワイシャツは長袖の白、財布には常に10万円以上入っていないとダメなど、訳のわからない持論を展開するようになったのです。
そんな夫を冷ややかな目で見ながら、実りきれずに収穫の秋をむかえた稲穂のように、早すぎた出世を嘆くばかりでした。